年の終わりに
著者:双月蒼羽


朝、目が覚めて。

真っ先に出たのは、ため息だった。

「……はぁ」

僕……粉雪千里(こなゆき せんり)は、彩桜学園に通う高校2年生だ。ちなみに一人暮らし。
冬休みなので学校はないし、日頃の頑張りと大晦日なこともあってバイトも部活も休みだ。家に閉じ籠って読書やゲームをする……はずの今日、出掛けなければいけない理由がある。

僕が所属する学園の剣道部では、来年の1月2日にある寒稽古の後に新年会が行われるのだ。当初は3日の予定だったがほとんどの部員に予定が入っていたため、まだマシだった2日に変更した。……時期も時期なので、流石に全員参加とまではいかないが。
まぁ、新年会とは言っても部活終了後と全く変わらず、ただ駄弁るだけになるのだろう。せいぜいそこに食べ物が加わるか否かの違いだけだろう。
その剣道部において、同級生からは完全にいじられキャラが確立している僕。そんなやつがいる中で買い出しについて話し合えば……そいつに一任されるのは火を見るまでもない。
で、結局僕が1人で買い出しに行くことになった訳だ。……はぁ。

一応晴れてるし、買うのはそんなに重いものじゃないから、まぁいいんだけどさ。





軽く朝食を食べ、食器を水が入った大きなボウルに入れておく。そのまま歯を磨き、タオルで顔を洗う。
クローゼットを開けて、癖で制服を掴み……休みであることを思い出して、適当に私服を取り出して着る。
上からジャンパーを羽織りながら洗面台に向かい、鏡をを見て「やっぱ普通の顔だな」とぼやきつつ寝癖を直す。
そのまま鏡を見ているといきなり自分がイケメンに変わる……はずがないので、ため息を1つしてから靴をはいて外に出る。

空は明るい。雲1つない……とまではいかないが、晴れには分類されるだろう。
日差しもそれなりに暖かい。ただ、冬なだけにやはり肌寒い。冷たい風が結構吹いてくる。
そんな暖かいのか寒いのか分からない外を歩くこと数分。僕はスーパーの入り口にいた。
晴れてるし、普段なら自転車に乗って行くんだが、昨日自転車は学校に置いてきてしまったため、仕方ないから今日は歩き。回収するのも面倒だから、買い物を済ませたらそのまま家に帰る予定だ。

自動ドアを抜け、カゴを1つ取って店内に入った……ところで。

「あ……粉雪くん?」

制服に身を包むクラスメイト。……さらに言ってしまうと、僕が片想いしている人。天野藍(あまの あい)が、そこにいた。





「あ、クラス新年会の買い出しなんだ。僕は剣道部の新年会。1月3日だったんだけど、2日に変わったんだ」

軽く笑いながら、僕は言う。……実際のところは物凄く緊張してたが。
そりゃそうだ。それがどんな形でなされた物とはいえ……今、僕は

「ちなみに、何買うつもり? 飲み物は予め買ってたから、僕はほとんど菓子類だけど」

天野と一緒に買い物をしている。

女の子と付き合ったことなどない僕に、好きな子と一緒に買い物……なんて経験があるはずない。
……そんな状態で緊張するなという方が無茶だ。

「んっとね……お菓子に飲み物」

天野は少し考えてから、諦めたようにポケットから小さな紙を取り出して言った。
ちらりと見てみると、メモにはびっちりとお菓子や飲み物の名前が書いてある。

「それって買う物のリストだよな? これ、1人に持たせる量か……?」

そう思わず呟くと、彼女は微笑みながら返す。

「本当はもう2人くらいいるはずだったんだけど、予定入って来れなくなっちゃってね」

「持ってくのは学校? 制服だし。……ん、どっちにしろ、置いてすぐに出るなら
制服着る必要はなかったんじゃない?」

「運ぶのは学校なんだけど、なんか慣れちゃったみたいで、気付いたら制服着てたの。そういうのたまにあるんだ。学校に行かない訳じゃないから、別にいいかなと思ってそのまま」

くすくすと笑いながら言う天野。実際、間違えて制服を着かけた経験は結構ある。

「それはよくあるかもね。基本いつも部活だから、癖で制服着そうになるんだよな」

「あ、粉雪くんもあるんだ。……そうだ!」

何を思い付いたのか少し考える素振りを見せ……その後、僕を動揺させるのが目的なのかと思うような話題を振ってきた。

「んっとね……来年の1月3日の昼から夕方まで……暇? 剣道部の移ったって言ってたけど」

予定の確認である。
この行為をする場合は大抵何かに誘うことに話が繋がるので、俗に言われる『デート』というものを少なからず期待してしまうのは、相手に片想いを寄せている人のサガというものだろう。

「……ま、まぁ。部活は1月2日の方になったから、暇と言えば暇かな」

下手に意識してしまったことで、顔が熱くなっているのが自覚できる。自分が赤面しているのは軽く予想できるので、天野にそれがバレない様にさりげなく商品棚の方を向いた。
心音が周りの喧騒以上にうるさく聞こえる。別に告白される雰囲気でもないのに、確実に緊張している。……チキン過ぎるぞ、僕。

「んっとね、その日クラスの新年会やるんだけど……来ない? 実は、1人予定入って参加しないことになってね。夕方は男子の委員長の家に集まることになってるんだけど、昼ご飯はお店で予約してあるの。だからキャンセル料払うよりは1人増やした方いいんじゃないかなって話になって、来てくれそうな人探すことになってたんだ」

僕の緊張など知らず(知られても困るけど)、指を組みつついつもの様に笑って言う天野。

「そうだな、行けると思……」

そこで僕は言葉を止めて、

「あー……。……もしかしたら、お金足りないかも」

嘘をついた。
それなりに出費は激しくなりそうな季節だが、そんなに物を買わない性格が幸いし、僕はお金はそれなりにある。
嘘をついたのは……そう

「残金は家に戻らないと分からないから、アドレス教えてもらってもいい? 分かったら、行けるかどうかメールするから」

天野のアドレスを知るのが目的である。
恋愛に関しては凄く奥手な僕なので、好きな女の子のアドレスを聞くとか、自分で明日は槍が降るんじゃないかと思うくらいに珍しいことだ。
もちろん顔はそうとう赤いだろうし、心臓はばくばくいってる。冬なのに異様に暑く感じるのは、暖房のせいだけではないだろう。
……実際のところ、委員長のアドレスは知っているので、そいつに連絡すればいいだけなのだが、そこには思い至らなかった……ということにしておく。

「あ、そうだね。んっと……赤外線は付いてる?」

特にその辺りには疑問を抱かず、携帯を取り出す天野。

「あ、うん。たしか付いてたはず」

僕も携帯を取り出し、携帯を向かい合わせてお互いのアドレス送り始める。……そこで、僕は気付いてしまった。
この向かい合った体勢はどう視線を逸らしても顔を見られ、しかも顔が赤くなってるのがよく分かる距離である。

「……やば」

「……どうしたの?」

首を傾げながら尋ねてくる天野。……どうやら、僕の顔が赤いのに気付いてないらしい。もしくは意図的に気付いてないふりをしているだけか。

「(……まぁ、気付かれたら気付かれたで、いいか)」

僕が告白するなど、余程のことがない限り起こらない事項だ。『知られている』ということが後押しに……ならなくはないだろう、多分。……まぁ、正直気付いて欲しくはないが。
だが、この不安もすぐに消えることになる。

「熱でもあるのかな? 最近寒いし、気を付けた方いいよ?」

心配したような表情で尋ねてくる天野。本当に気付いていないらしい。……こういった状態に疎いのか、ただ単に天然なのか。なんにせよ助かったけど。

「な、何でもない……。具合悪い訳でもないから、大丈夫」

「そう? ならいいけど……」

普通にホッとした様な表情を見せる天野。本気で気付いてない。これは確信していいだろう。
アドレスを交換し終わり、再び買い物に移ろうとしたが

「……って、何だかんだで全部買えた?」

周りを見ると、僕が入ってきた店の入り口があった。もうすぐ1周し終わるところらしい。
僕は『お菓子適当に』としか指示されてないからいいが、天野は買う物が決まっていた。話しながら買い物していたから、もしかしたら見逃している物もあるかもしれない。

「ん、そこは大丈夫だよ。これで全部」

そう言いながら、目の前にあった1.5リットルの炭酸をカゴに入れる天野。2つのカゴの内、1つはほとんどが飲み物で一杯になっていて、もう1つはお菓子で山ができている。

「それじゃあ会計行こっか」

気にしないで会計の方に歩き始めた天野。僕はその量に唖然としながらも、慌てて追いかけ始める。

「まぁ会計はいいけど……この量、持ってくのがきつくないか?」

僕はたまらず、ついていきながらも話かける。
……少なくとも、これは女子1人に持たせる量じゃないことは確かだろう。

「まぁ……何とか持ってくよ。学校近いしね」

天野は苦笑してそう言うが……明らかに無茶だと思う。

そのまま会計を済ませ、2人で買ったものを袋に詰め始める。
僕はお菓子の袋が1つだけ。それに対し、天野は袋3つ分。そのうち1つは飲み物が詰め込まれている。
流石にこれはまずいと思い、そう言って飲み物が詰まったビニール袋を持ち上げる。

「……僕も持ってくよ。学校に自転車置いてあるから、家に持ってこうと思ってたし、ついでに学校にお菓子置いてけるから」

また嘘をついた。家を出た時は、自転車を持って帰る気なんてなかった。お菓子も持って帰るつもりだった。
ただ、この量の買い物袋を見れば、相手が好きな子でないとしても手伝おうと思う……はず。天野は理由をこじつけでもしないと、迷惑をかけまいと手伝わせてくれない性格だし。

「んっと……ごめんね?」

少し嬉しそうに、こちらを向く天野。謝りはしても断らないところを見ると、流石に自分でも無茶だと自覚していたんだろう。
その顔を見れば、袋が重いのもどうでもよくなってくる。……や、依然として重いけどさ。

2人とも袋を両手に持ち、スーパーを出る。ふと空を見上げてみると……雪が辺りを舞っていた。上着に着いた雪を見ると、綺麗な結晶が形を崩さないままちょこんと乗っている。
僕はそれを見て、思わず呟く。

「こんな感じの雰囲気なら、大晦日よりクリスマスにあって欲しかったんだけどなぁ……」

まだ、告白するような勇気は欠片もないけど。

「えっと……何か言った?」

「い……いや、何でもないっ!」

今日、少しは勇気を持てた気がする。
本当に槍でも降ってきそうだと思い、僕は軽く苦笑して……言う。

「まぁ……学校行こう。雪も凄く降ってる訳じゃないし」

「そだね。……私はこういう街の雰囲気、結構好き」

僕らは雪が舞う世界の中、普段の街の喧騒と共に学校に向かって歩き出した。


告白した訳じゃない。自分から約束を取り付けて会った訳じゃない。
……だけど、少しは成長したと思う。


まだそんなに勇気はないけれど、学校を出る時にはこう言おう。


『一年間お疲れさま。来年もよろしく』



−後書き−
中途半端に終わってる感があることについては……気にしないで下さい。続き含め。
話にもよると思いますが、小説となると基本カップルになってハッピーエンドだと思うんですよ。
リアルを描くわけですから、『うまくいかない恋』や、粉雪みたいな『なかなか進展しない恋』もあっていいんじゃないかなと思いまして、こんな話になりました。話の質? そこには突っ込んじゃ駄目ですよぅ。
それにしても私が彩桜の話を書くのは初めてですね。それが恋愛物になるとは思いもしませんでしたが。
まぁ、カテゴリー的には恋愛とかに分類されるんでしょうが、言う程凄い事してませんけどね。むしろ日常?とりあえず大晦日の雰囲気を意識して書きました。

なんだかんだと言いましたが、ここまで読んでくれてありがとうございました!



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